広島東洋カープの観戦

多種多様な趣味を持っていますが、中でも広島東洋カープの大ファンです。

カープファン歴は今年で約18年になります。

父親の仕事の都合で日本全国を転校した私は小学3年から小学5年まで広島県呉市に住んでいました。

小学5年生の時に、ゲーム「実況パワフルプロ野球」にハマったのがきっかけに野球が好きになり、同時に赤ということと地元ということでカープが好きになりました。

1999年の事で監督は達川光男の時代です。

一番好きな選手は前田智徳でした。

しかし、この時期のカープはこの時は現監督緒方孝市が36ホームランを放つなど活躍を見せましたが、13連敗。好きな前田や江藤、野村は怪我により戦線を離脱し、更に2000年には江藤、2002年には金本とFAでチームを離れて行き、暗黒時代が続きました。

それでも、横浜に引っ越してからも、月一回は横浜スタジアムに観戦に行き、選手別応援歌も全部覚えるほどのファンでした。

そんな私は福岡に引っ越し、新井、黒田が抜けた2007年を契機にカープから、プロ野球から離れてしまいました。

しかし、2015年に新井と黒田が戻ってきたことで再びカープを応援し出し、今の若手である田中、菊池、丸、誠也、安倍などを覚えて行きました。

そして、昨年の25年ぶりの優勝です。わたしはカープファンで良かったと思いました。

新井と黒田は市民球場から続く暗黒時代の四番とエースで、この二人がいたからこそ昨年の優勝は際立っていました。

昨今、カープ女子など昔では考えられないほどカープファンが増えましたが、これは私がファンを続けてきた理由と同じだと思っています。

プロ野球には12球団ありますが、もちろん、それぞれにファンがおり、素晴らしい愛着心があり、私が住む地元ホークスも素晴らしいチームです。

その上で、カープには他の球団にはない魅力があります。

一つはその淵源が「原爆の復興の象徴」であるということです。

カープは「70年草木は生えない」と言われた原爆を投下され焦土と化した広島で復興の象徴とひて誕生しました。

資金が乏しく財政難に陥り、幾度と解散の危機がありましたが、市民が募金を行い球団を支えた歴史を持ちます。(樽募金」

昨年25年ぶりの優勝を果たした際、歓喜に満ちた広島の街を見ればわかりやすいですが、広島にとってカープは特別な存在なのだと思います。

それは視聴率が70%になっていたという数字が物語っています。

二つ目に「生え抜きの選手で勝ちに行くスタンス」です。

現在も親会社を持たず資金源に乏しいカープは、かつて江藤や金本などFAで主力選手を失うこともある中で、FAに頼らず、ドラフトで取った選手をひたすら育てることに徹してきました。

また、ドミニカに1990年に設立したカープアカデミーで自力で助っ人を育てるというシステムも確立し、バティスタなどの選手を育成しています。

故に、その若手たちの必死のプレーにファンは心打たれるのです。
またその若手たちの成長をファンは家族のように見守っている、それがカープという球団です。

昨年「神ってる」と話題になった鈴木誠也は今シーズンから4番に定着していますが、まだ22歳。
その進化にファンは胸を膨らませています。

また、現在胃がん宣告を受け、復帰を目指している赤松真人の復帰をファンは心待ちに祈っています。

三つ目に「応援が楽しい」ということです。

12球団それぞれ個性あふれる応援がありますが、トランペット応援、選手別応援歌、またジェット風船などカープが発祥です。

中でも1993年から始まったというスクワット応援などカープの応援は一体感があり、更にファン同士コミュニティが広がります。

その声援に応えようと必死にプレーする選手の姿にも心惹かれます。

現在、首位を独走中の広島カープは連覇と33年ぶりの日本一に向けて驀進中です。

赤ヘル旋風にあなたも心を熱く燃やしてみては

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